Our History 沿革

 

は海事案件を中心としその他貿易・航空・運輸その他国内外の商事案件を専門分野とする法律事務所である。

当事務所の前身は1924年、故吉田精三(1888年~1973年)が神戸に設立した吉田精三法律事務所である。同弁護士及び法律事務所は主に船主、傭船者、保険会社、P&Iクラブの代理人として、海運、貿易、商取引をはじめ様々な渉外及び国内海事・商事案件を扱う先駆け的法律事務所であった。

1969年、故小川洋一(1934年~2013年)の入所をきっかけに、その航海士及び海運業界における経験と優れた洞察力と研究心をもって、また、多くの僚友及び外部専門家を得て、同事務所は、特に海難事故の分野で目覚ましい発展をとげた。経済成長と共に国際化の途上にあった日本の海運、保険業界への貢献は特筆されるべきであろう。




以来、多くの重要案件において主に本邦船主・保険会社の代理人として関わってきた。第十雄洋丸・パシフィックアレス号衝突事件(1974/11/9)を契機に、1975年には本拠地を神戸から東京に移した。以後、取り扱った案件には、原子力潜水艦ジョージワシントン・日昇丸(1981/4/9)、サンコーオナー号・マースクナビゲーター号(1993/2/2)等の衝突事件、第8宮丸(1979/3/22)、第一英光丸(1983/8/13)、豊孝丸(1984/10/17)、宣洋丸(1995/9/3)、ナホトカ号(1997/1/2)、オーソン3号(1997/4/3)、昭星丸(2006/11/28)などの油濁事件、また、天佑号(1998)、アロンドラ・レインボー号(1999)、グローバル・マーズ号(2000)、など船貨奪取型の海賊案件もある。

2000年には中村法律事務所との合併を経て、その後も、北朝鮮船籍チルソン号が日立港で座礁した案件(2002/11/26)、ジャイアントステップ号、オーシャンビクトリー号など鹿島での一連の座礁後の救助・撤去案件(2006/10)、第五栄政丸など三船による明石海峡での二重衝突事件(2008/3/5)、カリナスター・護衛艦くらまの関門海峡での衝突案件(2009/10/27)、フェリーありあけ横転事件(2009/11/13)などを取り扱ってきた。また、東日本大震災(2011/3/11)の際には数々の海難案件を取り扱うと共に船舶救助・船骸撤去案件に携わった。更に、2001年頃より頻繁となったソマリア、西アフリカ沖の海賊案件も取り扱っている。

近年は船舶の座礁・沈没後の撤去に伴う案件も増加し環境保全の見地からの専門家と協同した専門的な対応が求められている。コンテナ船の火災案件では専門的であると共に多数の国の当事者が絡み案件が益々複雑化するに至っている。貨物流動化に伴う海難案件では別途の専門知識が求められ、船舶の機関・構造・燃料油関連案件では深い技術知識が不可欠となっている。また、ソマリア、ナイジェリア、インドネシア沖などでのハイジャック・誘拐・強奪型の海賊案件などの海難案件では発想を変えた対応が迫られる。


傭船・売買その他の契約案件では、単なる法律・契約関係の知識のみでなく、幅広くかつ深い船舶技術・実務、傭船売買市場その他の実務経験及び知識なくして有効な支援業務は不可能である。弊事務所が海事補佐人や顧問を擁して弁護士と協同で依頼者の支援業務を行っているのもこれらの点に理由がある。

現在、更なる弁護士及び顧問を得て、弁護士10名余、海事補佐人その他海運分野の顧問4名を擁するに至り、数々の専門誌によりトップ・クラスの海事法律事務所として紹介されている。更に海事弁護士の教育、育成の先駆者としても知られ、多くの著名な海事弁護士が吉田精三法律事務所で修習研修し、あるいは、小川総合法律事務所出身である。

小川総合法律事務所は従来の専門分野を極めつつも、新たな挑戦を恐れない。海事案件での依頼者のニーズは大きく変化している。専門化、細分化、グローバル化等の傾向に応じて海難案件を含む海事案件での行うべき業務内容も変容しなければならない。また、依頼者の要請に応ずべく、海事案件に加え、当然のことながら貿易・航空その他の運輸案件を取り扱うと共に、会社法や税法に関わる国際国内商事取引案件、国内外のエンターテインメント、コンピュータ、技術における知的所有権に関わる契約案件も数多く手がけている。

なお、当事務所の名称は「小川総合法律事務所」であるが、創設者である故吉田精三に敬意を表し、欧文名称はYoshida & Partnersを継承している。